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★桃木お守りの大きさについて
ライターの半分くらいの長さで、ボールペンくらいの細さです。
小さい袋にいれて首からぶらさげるなどして身に着けていただきます。

桃木会員さんの体験談

福岡県 30代 女性

優愛シックスセンスにつながるきっかけは「最後の望み」というより、正直、私の場合は「最後のヤケを起こした」感じでした。

まわりの人達からは「ベタな昼ドラのような人生だよね」とよく言われるような人生で、
物心ついた頃から言葉にすることすら難しく、そして話したらきりがないほどに・・・
色々なことがありました。父の家庭内暴力、そして虐待から始まり愛人、ギャンブルからの借金・・・etc。
そんな父に母も私も髪の毛や服をつかまれ部屋中を引きずりまわされ、家から出れないような顔や体にされる。
本気で殺されかけたことも数回ありました。(いまだに首にぴったり添う服などは着れません)
そんな暴力は毎日のように、一度始まれば朝まで数時間続き、「安心して家でただ眠る事」それすらできない家庭でした。

細かいことを言えばあまりにも多く、短い文章にまとめることはできないのですが、
学生になれば家庭の問題の他に「その声がきにくわない」とか
「○○先生に気に入られてる」とか、よくわからない理由で何度もいじめを受けていました。
社会人になって仕事が順調に運び出すと、必ずのように自分が仕事にいきなり飽きたりこじつけのような理由でやめてしまう。
もしくは何か問題がおきてその職場に勤められなくなり、何度も何度も転職を繰り返す。
恋愛においても友人関係においても、信じれば信じるほど必ず裏切られる。
よくわからない遊びや色々なものにお金も無くなるまで派手に使っていた。
でもすぐ飽きて、目移りしてまた散財する。「何も、楽しくない」「もう、どうでもいい」
気がつくと常にそう思ってすごしていました。
それはいつもの事で自分のどうしようもない性格で自分には当たり前の環境で、もう運命だと思っていた。
自殺など物心ついてから何度、何十回と毎日考えたでしょうか?
ただ、一人っ子だった私は「母を一人残したら・・・・」
父の行動に振り回されながらも常にかばって守ってくれていた母。
その母を自分のエゴで連れて行くこともできず、だからといって一人残すこともできず・・・
その思いが生きる苦しさを正直加速させていたとも思います。
その思いで死ぬのをとどまっていたのも事実でした。
そして去年の秋、優愛に出会う前ぐらいからでしょうか。
母が難病をふたつも発症し、その介護と仕事の繰り返しの毎日に疲れ、
そしてうまくいかない仕事や恋愛での自分の環境。
少しでもストレスを忘れようとお酒を飲めば、記憶を飛ばし暴れる日々。
やめられないお酒とストレスで体も壊れ、体を壊していけばメンタル面もどんどん壊れ、
そんな状態で友人や彼氏、仕事のお客様までもが離れていき・・

どうにかしたくて霊能者をまわり、いいと言われたお寺や神社をまわり、
先祖の墓参りが必要と言われれば行って、お経を読めと言われれば読み、
生活さえままならないお金で高いパワーストーンや石やお守りにすがりついた。

でも、一瞬良くなった気はするものの、結局何も変わらない。
変わらないどころかなぜか悪化していく。
もう「見える世界」でも「見えない世界」でも、はっきり言ってどうしようもなくなっていった。

生活も金銭面も精神面もついに「最後の限界」だった。
「もう、頑張って生きたよね」
自分に言い訳をするかのようにどうしようもない「現実」に自殺すると決めたとき、
ただ、大事な病気の母に迷惑をかけないように身の回りの整理だけはしようと思い・・・
色々片づけをはじめた時でした。

唯一、吐き出す場所として書いていたブログに、ある他のブログからのペタが連日の様についている事に気がつき・・
それがシックスセンスでした。

なんとなくふとブログを訪れたものの、もう死ぬと決めていたので、正直、今更何でもどうでもよかった。
その時、まともに読んだはずの記事は、ほとんど覚えていません。

ただ、朦朧とした意識でふと目に付いた「桃木のお守り」の文字。
なんやかんやとすがる性格とはいえ、どうせいつもの「気休め」「悪徳商法」だと思いました。

死ぬと完全に決めていたけれど、
それでも無意識で心の奥底にかすかな「生きたい」「助けて」という思いがまだ懲りずにどこかにあったのだと思います。
なんとなくその時に思ったのが、どうせもう死ぬならこの残るお金もいらないし、
「最後の最後にそんなものに・・・」
と人にバカにされても、これでだめならもうそれはそれで駄目押しのように生きることにあきらめがつく。
というより・・
お金も使い、生活もできない、普通に考えても生きられない状態になるのだから予定通り死ねばいいじゃないか。

ある意味「ヤケ」の衝動でした。
そのヤケで申し込んだ私は、今、無事に?生きています。(笑)
もちろん、見える世界での代償?は正直続いていますが、でも生きています。
私の場合は劇的にというより本当に少しずつですが、でも前に進んでいます。
変な広告塔になるつもりはありません。
何を信じるか信じないかは個人の自由だと思います。
ただ、私の体験が少しでも誰かの心に響くならと思い、書かせていただきました。
最後の「ヤケ」がある意味、何かを変えることも・・・・あるのかもしれません。
ちなみに担当の先生とは、時々その当時を笑って話しています。(笑)
どんなことでも笑って話せるようになれれば、きっと前に進めている証拠なのかもしれません。


 

千葉県 20代 女性

私が桃木のお守りを持つようになって半年が経とうとしています。
私が桃木の存在を知ったのは今やお弟子さんの立場ではありますが大切な友人に進められたからです。
当時は心身ともに病んでいました。
それでも仕事は休めない、体はどんどんボロボロになっていく。
思考が上手く働かなくて、この状況をどうして良いのかわからない。そんな状態でした。
それを見かねた友人が私の家にきて、自分が桃木のお守りを持ってからどんな風に変わったのか、
私の今の状況が仕事の疲れからだけではないことを教えてくれました。
私自身、霊媒体質などということは全く意識していなかったので、
そんな事もあるんだなぁっと思っていたのですが、まさか自分の身にそのようなことが起ころうとは…。
腕の痛みが日増しに強くなって湿布をし、腕には幾重にも包帯が巻かれ、腰も膝も痛みを抱え、
12月だというのに私の体は全身で悲鳴をあげていました。
お守りの申し込みをして3日後くらいだったでしょうか、
クリスマスの日に私は職場で過呼吸になって倒れるという経験をしました。
元々呼吸器は弱いので、学生の頃も体育の後は過呼吸になることもありましたが、今回のはいつもとは違いました。
私の頭上から何か重いモノに圧迫されて自分が潰れてしまいそうでした。
何か良くないと本能でしょうか感じるものはあったのですが、それでも私はデスクに座り機械を操作していました。
しかし、あっ、マズイ!と
思ったその瞬間に私は悲鳴を上げることすら叶わず、デスクにただ平伏すことしか許されず、
ただただ呼吸をするのが辛く、助けも求められませんでした。酸素が送り込まれない血管は収縮し、
点滴の針の傷みは体が跳ねるほどに感じ、開けられない目と薄れていく意識に、
私はこのまま目覚めないんじゃないかと思いました。

意識が戻ると病院で、呼吸も楽になっていて、その後精神安定剤を処方され、家に帰りました。
けれど私はこれが精神不安からくるものだけじゃないことを確信していました。
桃木のお守りがきて、3回の調整が済むと今までの全身に及ぶ痛みが和らいでいました。
もちろん実際は腕の使いすぎによる痛みなので全部の痛みが急になくなるということはありませんが、
それでも左半身に常にあったズキズキとする痛みは和らいだのです。この時ほど桃木のお守りの力を実感し、
感謝したことはないです。今もまだ手首や肘は痛みが走ることもありますが、暗雲とした職場を辞め、
今は非常勤として腕の調子を診ながら仕事をしています。本当に桃木のお守りには助けてもらっています。

人の多い都会、朝の通勤ラッシュ、などなど人の念にあてられ易い場所では特に。
精神的にも安定を取り戻し、今では周りのこともよく見え、そして自分のしたいことができているように思います。
最後になりましたが、優愛の代表様、先生方、私を優愛へ導いてくれた友人へ心からの感謝を…
本当にありがとうございました。


栃木県 20代 女性

私が桃木のお守りに出会ったのは、今年(2010年)の一月でした。
2009年の冬に、今はお弟子さんでもある中学の頃からの親友にちょっとずつ、ちょっとずつ
優愛の存在を教えてもらい、その時は「ふえ?」と他人事の様に捉えていました。
自分という存在がかなり病んでいたにも関わらずです。
優愛を教えて貰い、二ヶ月。その間の私は、仕事を辞め職探しでした。
なんとも振り回された時を過ごし、もうどうにもならない。辛い、苦しい、悲しい。
そんな感情に支配されていました。

あの時、彼女に助けを求めていなければ、先生と出会っていなければ、命を断っていたかもしれません。
そして、出会えた桃木のお守り。先生による三回の除霊がすむと、なんとサッパリしたことか。
親友である彼女にも、先生にも「変わった、明るくなった。何より話し方が違う」と言われるほどの回復ぶりでした。
私自身もやっと見つかった仕事を前向きにこなす事が出来て、更に人に優しく接する事が出来るようになりました。
未だに金銭的には辛いものはありますが、以前と比べて違うのは精神の浮き沈みが無くなったこと。
ひと月に何度も落ち込み、ひっそりと何かに怯えて泣く日が無くなり・・・
優愛に、親友に、先生方に感謝してもしきれません。
これからも桃木のお守りとコミュニケーションを取りながら、共に歩んで行きたいと思います。
本当にありがとうございます。


神奈川県 女性

6年前に躁鬱と診断されました。それは二度目の出口の見えない迷路の入口でした。
カウンセリングを受けながら薬を服用しても改善の兆しが見えず、対処方法は薬を変えるだけ。
過呼吸、自傷、起きていられない程のめまい、耳なり、倦怠感、食事も作れず、お風呂も入れず、
外出も困難で外出すれば体調を崩していました。
そして、いつの頃からか朝起きて一番に「消えたい…」と思うようになっていきました。
そしてパワーストーンにも魅入られるように集め始めていました。
私の悩み、出口のない迷路の一つ目は幼少期から続く奇妙な体験だったのです。
水晶やパワーストーンを持ってからそれは顕著に現れ始め、何かおかしい…と気付いたのはスピリチュアルマーケットに行った時です。
会場に居ると頭が沸騰するように逆上してしまい、キーンという耳なりが酷く、
今までに経験した事がない位気分が悪くて仕方がなくなり、その後一週間は起き上がる事も出来ませんでした。
救われたくて宗教にも入っていましたが、私にはお経が読めませんでした。
読みながら眠たくなってしまうのです。なんとか読み上げても、その後バタンと倒れるように寝てしまう状態だったのです。
「仏壇の扉を開けるのが怖い」と訴えましたが、誰も笑って真面目には聞いてくれませんでした。
扉の中や前に何か居るのに…
皆は気づかないの?
何を祀っているの?
それで本当に救えるの?
という疑問が強くなっていったのですが、誰に相談しても理解されなかったのです。

宗教もパワーストーンも救ってはくれないのだ、私は理解されないのだと落胆し、
宗教を辞めたいと悩みながらもそれさえできず、誰か理解してくれる人が居るのではと思い、
自分の奇妙な体験をブログに書いていた時に優愛の先生と出会ったのです。
その後6senseのブログやホームページを教えて頂き、優愛へと繋がる事ができたのです。
正直、6senseのブログには衝撃を受けました。それなのに不思議と疑う事なく素直に受け入れられたのです。

本能的に此処だと思いました。
解る…同じような体験をしている人に出会えた…読みながら何度も泣きました。
これまでは悩み、苦しみ続けた私にもやっと出口が見つかったような気がしたのです。
今は薬の服用をやめて3ヶ月になります。
頭痛も目眩もなくなったので子供と一緒に映画に行ったり、遊びに行ったり出来るようになりました。
何よりも毎日、朝起きて「行ってらっしゃい」と笑顔で見送り、手作りの料理を作って笑いながら食事をする…
当たり前の事が出来る喜びはとても大きく、私も子供達も笑顔が増えました。
ほんの3か月前までは考えられなかった事です。

いつもどんな時でも「大丈夫!」「頑張ってね」「変わってきたよ!」と声をかけてくれる先生、
沢山の学びを教えてくださる「見えない世界の真実」を書き続けて下さった先生方、
「一緒だよ!」「ひとりじゃないよ!」「応援しているよ!」と励まして下さる優愛のアメンバーの皆様に支えられ、
私も変わる事が出来たのだと思います。
また、桃の木のお守りを持つ二人の子供達も笑顔に溢れ、自ら積極的にお手伝いをし、私を優しく励ましてくれます。
家族の絆、温もりを肌で感じながら毎日を過ごさせて頂いています。
そして今、私は生まれて初めて「夢」を持つ事が出来ました。
その為には、もっともっと頑張って自分自身が変わらなければなりません。
だけど「夢」を持つ事で、今までより強くなれたような気がします。

最後になりましたが、優愛の代表、先生方に心から感謝し敬意を表します。本当に有難うございます。


東京都 50代 女性

初めて桃木さんがやって来た時のことは、今でも覚えています。
郵便屋さんが持つ包みを見ただけで警戒し、封筒から出した時には訳の分からない怒りと後悔で、
桃木さんを睨みながら葛藤していました。なんてことはない、私はひどい霊媒体質だったのです。
当時はとても体調が悪く、酷くなる目眩や頭痛、極度に不安定な感情などに悩んでいました。
見えない世界に振り回され、しかし存在に疑問を感じながら、何かを探しているうちに行き着いた、あるお寺。
探しモノとは違いましたが、そこに行くとなんだか楽になるような 気がして、月に一度は通っていました。
そのうち行かないと落ち着かなくなり通う回数も増え、酷い時には仕事を休んで、何時間も仏像を眺めていました。
しかし仕事に行かなければ、食べてはいけません。ある時、この衝動と自分の行動は異常だと気付き、行くのを止めました。

危険信号が増すなか寝込むようになった私は、いろんな病院をまわり原因不明といわれ、市販の薬を乱用し薬物中毒になり・・・
そんな時に出会ったのが、シックスセンスさんのサイトでした。
半信半疑ながら少しでも体調が良くなればと、藁にもすがるような思いでした。
直ぐにとはいきませんでしたが、乱用していた鎮痛剤も、今ではほとんど飲んでいません。
あれから数ヶ月が経ち、屋祓い後にやって来た神様にも、感謝しっぱなしです。
出掛けるときは必ず「付いてきて守って下さい」とお願いし急な目眩など、
どうしようもない時は「影響の元を遠ざけて下さい」とお願いしています。

朝晩の挨拶と一緒に桃木さんには「明日の朝○時に起こして(笑)」とお願いして、起こして貰っています。
そして今・・・極度の人間嫌いだった私が、人を信じてみようと思うようになり、奮闘しています。
この心境の変化には、自分でも驚きです。誰かを信じるというのは私にとって何とも難しく、
温かく感じる桃木さんや神様でさえ、なかなか信じられませんでした。

これも一重に代表や心見さん達の優しさにふれ、今まで出会った人々が人間の全てではないと、
教えて頂いたからにほかなりません。
昨日より今日、今日より明日。
やれば出来るっ!を合い言葉に、未来に向かって頑張ります。


福岡県 男性

天使と悪魔…人はよく、心の例えをこの2つで表現したりします。
天使は善で悪魔は悪。
私は、この天使の声は本来の自分であり悪魔の声はいわゆる魔物の声だと思っています。
今、私の周りでも自身を失いかけている人は少なくありません。
そういう私も少年期に魔物に取り憑かれ続けた一人なのですが。
十三歳の夏、私はネオン街の橋の上に佇んでいました。
悪さをしたのが父親にバレて、家に帰ることができなかったのです。
やった自分が悪いのですが、あの頃はもう既に心は魔に支配されていたのだと思います。
酒臭いサラリーマン、厚化粧の派手な女の人、そんな中で独り、寂しさを紛らしていたのかもしれません。
家出、盗み等の悪さ、その揚句、教護院、少年院、私の中学校生活は数ヶ月しかありませんでした。
次は刑務所…そうなった時、兄弟が私に救いの手を差し延べてくれました。

一緒に仕事をしていく内に、私の心の中では「変わりたい」という気持ちが強くなっていきました。
色々な職種の人達からも指導や助言を頂き、何とか人並みの生活を送れるようになったのです…。
しかし…。魔は、違う方法で私を責め始めました。今度は、酒を呑んだ時に私に囁くようになったのです。

結婚をしていたのですが、(こんな生活する為にお前は生まれてきたのか)と。
酒に溺れ給料もろくに持ってこない夫を誰が愛するでしょうか…。私はまた独りになってしまいました。
寂しさを酒でまぎらす毎日。そして死んだ方がいいのではないか…と。
そんな時、兄夫婦の変化に気付きました。喧嘩ばかりしていたのが嘘のような理想の家庭となっていたのでした。

桃木さん…見えない世界の真実…色々教えてもらう間に、私もお守りを持たなくてはいけないと直感で感じ、
申し込みました。桃木さんは私の手元に来てくれたのです。
担当の先生に「今のあなたが本来のあなたです」そう言われた時、何だかホッとして、
今までの事を思い返して涙が溢れてきました。ながかったね…良かったね…と。
今、私は桃の木さんに相談し、お願いをし、感謝の毎日を送っています。失敗を失敗と思わず常に前向きで…。
何より自信を持てるようになりました。自分に自信が持てるとこんなに考え方まで変わってくるのかと驚いています。

自分を取り戻すことが出来た今、魔の声など酒を呑んでも聞こえません。
例え聞こえたとしても、魔を消し去る自信が今の私にはあります。
自信がつくとオーラでも出ているかのように見知らぬ人からも好意を持たれるようです。本当に驚きます。
導いてくれた兄夫婦に感謝…優愛の皆様に感謝の意を込めて…
私なりに魔に取り憑かれた同じような人に見えない世界の真実を伝えることが今まで自分がしてきたことの、
せめてもの罪滅ぼしと思っています。本当にありがとうございます。
■余談・・桃の木さんに夢に出てきてくださいとお願いした夜、白い梟が飛んで来ていつの間にか女の子になってました。
坊主頭でしたが(笑)不思議な夢でした。

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